利他精神

2006.10.20 Friday 00:00
0
    道徳や人生観などを語るときに、「世のため人のためにつくせ」といった事を言う人はたくさんいます。

    そういう言葉を聴いたときに、私たちは何かを感じます。

    もちろん、素直に「そのとおり」と感じるときもたくさんあるでしょう。

    しかし、何か違和感を感じるときもあります。
    まず一番多いのは、「この人は本当にそんなことを考えているのだろうか?」という疑いの気持ちです。

    「人のために何かやれ」「人の役に立つ人間になれ」という、"利他"を呼びかける言葉は、それ自体があまりにも尊くてすばらしく思えます。

    ですからその分、人に利用されやすい言葉だということを、私たちはどことなく理解しています。



    利他を呼びかければそれだけで、その人物がある種の人格者に思えてしまいます。

    だからこそ、そういう言葉は悪人に使われてしまいます。

    そして、真面目で正直な人だけがそれをそのまま受け取ってしまい、その人物に利用されてしまうのではないかと感じてしまいます。



    そして、自分はそうした「被害者」になりたくないという思いから、こうした言葉を素直には受け取れないのです。



    次に感じる違和感は、矛盾です。

    「人のためにつくせ」という人は、たいてい「人のためにつくすことが自分の幸せにつながる」といいます。

    しかし、この言葉は当然ながら矛盾しています。

    「なぜ人につくせば自分が幸せなのか。幸せになるのはつくしてもらったほうじゃないのか。」

    「感謝されて、お返しをもらえることもあるかもしれないけど、いつもそうとは限らないじゃないか」

    こうした考えがよぎります。

    人間、誰だって一度や二度は、大なり小なり人助けをしたこともあるでしょう。

    それからしばらくして、「あの時助けてやらなければよかった」という思いをしたこともあるはずです。



    こうした違和感に、まじめに答えてくれる人は不思議と少ないようです。

    「なぜ人を助けると自分も幸せになるのですか?」と訊ねても、「法則なのです」とか「私は自分はどうでもいいからです」、「徳を積むためです」といったことしか教えてくれません。

    「やがてそうなる」「結果としてそうなるはず」などと言ってごまかされる場合もあります。





    私にとっては、答えは簡単です。

    たとえば、次の質問に答えようとすれば良いのです。



    Q.あなたが住みたいのはどちらの国でしょう?

    1.みんなが自分のことだけを考えている国

    2.みんながお互いに助け合っている国





    誰しも答えは2でしょう。そして2の国に住むにはどうしなければならないか、考えればすぐにわかるはずです。

    ただそれだけのことだと思うのです。







    御協力クリックよろしくお願いします。



    http://kaiun-tatsujin.com/


    category:開運術 | by:comments(0) | -
    Comment








       

    Calender
     123456
    78910111213
    14151617181920
    21222324252627
    282930    
    << April 2019 >>
    開運護符Tシャツ
     
    着てみて!霊符Tシャツ
    Selected entry
    Category
    Archives
    Recent comment
    Link
    Profile
    Search
    Others
    Mobile
    qrcode
    Powered
    無料ブログ作成サービス JUGEM