「今」はどこからやってくる?

2012.05.12 Saturday 00:00
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    何か願い事を持っている人は、今の生活に何かが欠けていると感じている場合が多いと思います。

    中には、「願いはあるけれど、今の生活には満足している」という人もいるとは思いますが、それでも、「願い」と「今の生活」というものが関連しているのは間違いないでしょう。

    今の生活がどんなものかによって、願いの方向も変わってくるはずです。



    ところで、その「今の生活」とはどこからやってきたのでしょうか。

    私は3つの解釈があるのではないかと思います。
    古来からの考えでは、すべては運命だとされます。運命と書いて「さだめ」ですから、これはもう逃れようがない。これが一つ目です。



    近現代風に考えれば、個人の生活は、政治権力や企業、多くの人々など、社会のみんなによって作られたものだと見る向きもあると思います。これが2つ目です。



    3つ目は、全て自分が作ったという考え方です。生まれて自我ができて以降は、常に自分が思ったこと、行動したことの結果が「今」になるといったところでしょうか。

    ニューエイジ系の説でも、「あなたの世界はあなたが作ったもの」と言う場合が多くありますし、仏教の「唯識」も一部似たような意味があると思います。





    他にも細かな説はいくらでもあるかもしれませんが、大体この3つのどれかに似ているのではないかと思います。

    この内、どれが正しいのかは結論が出ないでしょう。

    おそらく、これらすべてであって、いずれかだけが正解というわけではない気がします。



    ですから、それぞれの解釈をバランスよく使うことで、「今」がわかるのではないでしょうか。

    それが次の「今」、「これから」を作るヒントになるのだと思います。





    たとえば1つ目の「運命」の解釈に従えば、今に不満があっても甘んじて受け入れる。簡単にいえば我慢する、または良くなるまで待つということになります。



    2つ目ならば、周りの人や世の中に対してなんらかの呼びかけを行う、ということになるのではないでしょうか。



    3つ目ならば、自分を変えるために、考えたり行動するといったところでしょうか。





    このうち、どれか一つの方法だけをいつも使おうとすると、無理が生じるのではないかと思います。

    極端な例を申し上げれば、たとえば旅行の日に雨が降っただけで、「日程を組んだ人が悪い」と責めてもしょうがありませんし、「次こそ絶対に雨を回避する方法を考えなければ」と思うのも、あまり意味が無いと思います。

    「雨など降っていない」と言い張るのも面白いかもしれませんが、無理があるような気がします。



    あるいはまた、虫歯が痛い場合、良くなるまでただ待っていてもしょうがないでしょうし、社会が悪いと言っても始まりません。

    「アメリカのように水道水にフッ素を入れろ」と主張するのも一つの手かもしれませんが、それだけで解決するのは難しそうです。



    ここまで極端な人は少ないとは思いますが、いつもどれか一つだけの方法を使おうとする人は、意外にもたくさん居るように感じます。

    そして、何か不満を増大させてしまっているのではないかと思います。



    それぞれの解釈をバランスよく使って、今を見つめ、これからを作るのが良いのではないでしょうか。

    それこそが、願いを持ったり叶えたりするための第一歩なのではないかと思います。
    category:成功術 | by:comments(1) | -
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    とても魅力的な記事でした!!
    また遊びに来ます!!
    ありがとうございます。。








       

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