依存物質と自由 2

2017.09.10 Sunday 21:57
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    結局のところ、依存物資は人を弱くしているということがわかります。

    しかし表面的には、快楽、自由を感じさせるのです。

     

    お酒は仕事でも、宴会でも、祭り、あるいは葬式においても大事なものかもしれません。聖書にすらワインが出るのだから、酒は良いものだと思うかもしれません。

    その反面、人を蝕んでいきます。

    アルコール依存症の人の話を読んだりするとよくわかります。

     

    酒は大人の嗜みだから、良い大人なら適量をコントロールできる。そう言い聞かせるようになったら、すでに脳もコントロールされていると見たほうが良いでしょう。

     

    「そんなはずはない、酒に強いやつは心も強い。」「大酒飲みの偉人も居た」とか、言う人もいます。

    私自身もそう思っていました。

     

    依存物質を避ける人と、依存物質を摂ってもそれに溺れない人、どちらが強いのか、それはわかりません。

    しかし依存物質を取るか取らないか、どちらが良いか常に自分で判断できる状態になること自体が、自由だと思います。

     

    もし可能ならば、たとえば煙草を週に2回だけ吸うとか、酒を年に1度だけ飲むとか、ギャンブルを数年に一度だけやるとか、砂糖菓子も半年に一回だけ食べるとか、そういうコントールができるのなら、それが良いのかもしれません。

    しかし、私にはそれができないので、個人的にはきっぱりやめるのが良いと思っています。

     

    私はいまだに、酒・タバコ・砂糖・ギャンブルでも、合法な範囲で依存すること自体は批判する気はありません。

    他人がどうこうではないからです。他人の個人的なことにまで文句を言う嫌煙家などは逆に不健康だと思います。

     

    逆に、「酒も飲めないのか?」「酒もギャンブルも無しで何が楽しくて生きてるんだ?」と圧迫する人もいますが、これも非常に惨めなことだと思います。

    それは「一緒に奴隷になろう」と言っているのと変わりはありません。しかし本人はおそらく気づいていないでしょう。

     

    結局は、自分の自由と相手の自由をどちらも尊重するのが、一番いい精神状態なのではないかと考えます。


    ちなみに、酒や煙草は、古来から神聖なものと縁があります。しかし、だからこそ、不用意にそれらに溺れてはならないような気がします。

     

    category:コラム | by:開運の達人 | - | -

    依存物質と自由 1

    2017.09.07 Thursday 23:03
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      JUGEMテーマ:自己啓発・自分磨き・スピリチュアル

       

      身近で強力な「3大依存」、それは「煙草」「酒」「砂糖」だという説をどこかで読みました。


      私はどれも摂取していませんが、別に自慢するつもりもありません。

      気づいたらどれもやめてしまっていました(糖質は少しは取ると思いますが)。

       

      麻薬などの依存と違って、上記の3つはどれも悪いと言えない、言いにくいものだと思います。
      たしかにタバコに関しては社会悪とされていますが、実際はニコチンにも良い作用があります。


      また、4大依存とすれば、「ギャンブル」も入るでしょう。
      これも、ストレス解消になるとも言えますので、なかなか批判しづらいところがあります。


      こうなるとやはり、これらを規制するべきではなく、市場原理次第、自然に任せるしかないのでしょう。
      無理な押し付けをすれば反発があって当然でしょう。


      ただ、これらをやめたり、自分で量をコントロールできるようにすることは、個人レベルでは大きなメリットがあります。
      なぜなら精神的な自由度が広がるからです。

       

      でも、以前の私にはそのことが理解できなかったのです。

       

      かつて喫煙者だったころ、私には「煙草を禁止する自由」というものが理解できませんでした。

      どう考えても、「吸える」ことが自由であって、禁止は不自由だと思っていました。

      何かを出来なくすることが自由であるはずがなかろうと。

       

      それに、煙草なんてやめたい時はいつでもやめられると思っていました。

      しかし実際にやめてみると、3日ほどの間ひどい頭痛に悩まされ、さらに1ヶ月近く苛立ち、不眠、体の硬さなどを感じて、非常に辛かったのです。

       

      それによって、自分がいかにコントロールされていたかを知り、吸いたいからこそ逆に吸いたくないと感じ、今に至っています。

       

      つまり、自由どころか、束縛されていたのだと気づいたのです。


      ところで、テレビのグルメ番組では毎日のようにスイーツや酒を勧めていますね。

      旅番組や街歩き番組でもそうです。

      そして社会的にも飲み会などがあります。

      街に一歩出れば、そこらじゅうに誘惑が待っています。

       

      一見するととても自由に見えますが、これも「自由」を履き違えてしまっているのだと思います。

      企業側が、個人を束縛してコントロールしようとしていると見て良いでしょう。

      しかし、長年の刷り込みが邪魔をして、そのようには見えなくなってしまっています。

       

      続く・・。

      category:コラム | by:開運の達人comments(0) | -

      青い目と茶色い目の実験

      2017.08.21 Monday 23:09
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        かつてアメリカの小学校で、ある実験が行われた。
        青い目の生徒と茶色い目の生徒に分け、「青い目の人は優ているが、茶色い目の人は劣っている」と架空のルールを決めて過ごさせたのだ。

         

        するとすぐに子どもたちの間で差別意識が露わになったという。仲の良かった子供も喧嘩を始め、終わったあとには「むごい」実験だとも批判されたという。

         

        劣っているとされた子供たちは卑屈な性格になり、簡単な質問にも答えられなくなった。優れていると言われた方はのびのびとして、テストの点数も上がったという。

         

        このジェーン・エリオットの実験はテレビや本にもなって非常に有名だと言う。人種差別の本質について明らかにし、それがいかに馬鹿げているかについて明らかにすることができたといえるかもしれない。


        しかし私が注目したいのは、そこではない。それは、「優れている」と言われていた時に、実際にその生徒たちのテストの点数が上がったということだ。


        人間は、自分を「こういうものだ」と信じたら、多かれ少なかれその通りになるのだ。
        これは今まで多くの自己啓発書や宗教書にかかれてきたことと同じだが、上記の実験によって裏付けができたといえる。

        小学生とは言え、客観的な形でそれがわかるのは貴重であり、それ自体が、私達のこれからの願望実現に有益だといえる。


        もちろん、ここでは教師による裏付けがあったから、さらに効果も高かったのだろう。何も裏付けがなく、単なる自分への「優れている」という言い聞かせだけだったら、それほど効き目はないかもしれない。


        だが少なくとも自己認識で自分が変わるのならば、いま現在の自分はどちらだろうか?

        それを自問する意味はあるだろう。

        はたして、「優れている」と思っているのか「劣っている」と思っているのか。

         

         

        category:成功術 | by:開運の達人 | - | -

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